「可笑しいわ。異星ってもっと怖いもののはずよ。骸骨も見なかった。あの小川の翡翠(カワセミ)がひとこと喋ったのは面白かったけど。『魚だってお喋りする』」
「これが木星で摘んで来た花」といいながらホリゾンブルーは菫を束にして猫じゃらしの茎で結んで綿帽子の膝に置きました。
「そこをゲリラ戦ごっこの秘密基地にしたい」とお客は続けます。「敦盛に終わるのがわかったとしても、なんかうろちょろしたいものなんですから。獅子舞みたいに」
「ここにいるってことは、ブローチなんていらないんじゃない? あなたの木星に、すでに来ているのよ」といってから気づきましたが、ここは綿帽子の庭なのでした。白樺と大きな向日葵が、綿帽子を見おろしています。蝉がシャラシャラジャラジャラ鳴いています。
「ものにするとかしないとか厭なのでブローチだけください」とそのお客がいいます。「年齢的につりあわなくておかしいし、そちらのパンプキンの髪の男の子と競うのはきっと骨でしょうから」
「あのヒヤシンス色の髪が、オレンジに見えるの?」
「はい。濃いオレンジ色です」
「水色と紫色の中間の色よ。いつだってそうだわ」
薄緑の熊が出てきました。
「『お嬢さん、お逃げなさい』っていうかしら。白い貝殻のではないけど、白いパールのイヤリングをしているから。でもちょうどよく落ちるかしら」と綿帽子はわくわくしながら見つめました。
「この熊に乗るといいです。たぶん、乗せてくれるでしょう」と淡藤色(あわふじいろ)がいいます。
すると熊はにっこりしました。すくなくとも綿帽子にはそう見えました。
「いい熊みたいだけど、どこに行っちゃうかわからないじゃない」
「たぶん彼が地球行き宇宙号です。陸(おか)住まいだから、大西洋の真ん中に降りたりはしないでしょう」
「どうしたら帰れるの」と綿帽子。
「さあ」とピジョンブルー。
「そんな、また靴を裏返しに履けばいいんでしょう? でもこのブーツは確かに裏返せないわ」
「大層な紆余曲折を経てやっと帰り着くのは誰かに任せて、ロケットが開発されるのを待とう」
「この原生林で、そんなものが開発されるのはいつになるの。自力で作るとしたら、この木を使うことになるわね」
その辺の枯草と枯れ枝をかき集めてあっという間に火を熾しています。
「人体自然発火ができるの?」
「火打石とマグネシウムを持っているから。不自然発火だね」と秘色色(ひそくいろ)は澄ましていいます。
ぱちぱちいう火を眺めていると、水着は乾く替わりにテンガロンハットとウェスタンブーツ、ホットパンツにガーターと編みタイツ、刺繍のチュニックブラウスに替わっていました。
「水とドレスとパニエが体にまとわりついて重たい。川底から引っぱられるみたい」でも次に気づくと頭が水面に出ていました。
「気を失うって憧れだったけど、こんなとこでなって欲しくないわ。それに気を失う直前までしか覚えてられないんだから、気を失ってもさっぱり面白くないのね」
なんだかさっきより体が軽いし、綿帽子はプールが大好きですから、岸まで泳ぐのはわけないです。渕は流れが遅いのです。
ごろごろした石に黒々と水をこぼしながらあがって見ると、綿帽子はピンク色ストライプのコルセットと白いレースのペチコートの水着を着ていました。薄くて水をそんなに含みません。「これって、いつの時代の流行の型なの。さっきのドレスより、ずっと露出が少ないわ」