「靴を裏返しに履けばすぐさ」と水色はいいます。
「靴を裏返すなんてできっこないわ」と綿帽子は当然思いました。
「柔らかそうな靴じゃないか」
綿帽子が履いていたのはベージュのサッカー生地に赤い小花柄のルームシューズでした。「これって靴?」
「部屋靴? まあ、何でも」
ちょっとぐらりとしたかと思うと、二歩地面にめり込むような感じがして、もう着いていました。
「惑星でなくなったこととそのホテルは関係あるの」と手袋屋が聞きます。
「お客が押しかけててんてこ舞いで、惑っていられないんです。男性客がポケットのボタンに差す花は、萎れたら他の種類の花に換える伝統なので、花売り娘もいっぱいです。ですから」とスカイブルーが返事をしました。
「なら銀河鉄道のプラットフォームもできてるかしら」と姉さま。姉さまのどこも見ていないような焦点のずれた目は、あのロシア帽をかぶってマフをした女の人にそっくりでした。あんなに切れ長では、ありませんが。
「機械の体が欲しい人には用のないところだろうしなぁ」と手袋屋がいいます。
「カムパネルラは違いますよ」
「スリーナインのはなくてしるしのない方のはあるのね」
「お茶の時間だよ。いつだってお茶の時間になるんだ。お茶が出れば」といいながら手袋屋がティーポットとカップをトレーに乗せて持って来ました。大きなティーポットです。最後濃くなった時用にポットも。
サンドウィッチ、金色の蜂蜜、赤紫のラズベリーのジャム、クロテッドクリームとスコーン、マカロンも並べています。
「どうしてラプサンスーチョンなの」と綿帽子はいいました。「これは好みがわかれるでしょ」
「大丈夫、ぼくは好きだから」と手袋屋が答えましたが、答えになっているとは綿帽子はさっぱり思いませんでした。
「行くなら博物館の狩人に気をつけてね」と姉さまが言います。
「博物館?」綿帽子は聞きました。
「30000年で廃止されたんだったかしら。ミュージアムホテルで恒星外生物を展示するのよ。アンティークの調度の絵の中に閉じ込めて。花さえ毎日換えるの」
「それ今、移転したはずです。冥王星に」
「どこに連れて行こうって言うの」と綿帽子は喧嘩腰で申しました。
「君の行きたいとこならどこでも」と空色は言いました。
「それは『連れて行く』と言わないわ。『ついて行く』というのよ」
「何とでも」
「私は木星に行くの。あそこはガス惑星で、地面なんかないのよ」
「なら、ハイヒールを履いて歩いても、雲の上を歩くみたいで、足が痛くはならないよ」
「ハイヒールは、あなたのでしょう」
「僕のじゃない。君が履いてないのも知ってる。そのストラップつきの丸い靴は可愛いね」
「何の中から出てきたの?」と綿帽子は聞きました。
「ハイヒールの中から」と水色髪の男の子は言いました。
「ハイヒール?」
「ハイヒール。踵の高い靴です。トゥ先は尖っていました」
ハイヒールが何であるかは知っていたので、花曜はちょっとむっといたしました。「誰が履いてたの」
「落ちてました。道に、かたっぽだけ」
「靴をかたっぽだけ落としていくなんて、よっぽどのことがあったのね」
「小さい子にお話を聞かせるのはいいわよ」と綿帽子は考え深げに言いました。
「そうだね。ドリトル先生や不思議の国のアリスはそうしてできあがったらしいよね」と手袋屋が言いました。
「CPUにお話を聞かせるって、ありかしら? 『ドリトル先生』が『お話』であることさえわからないのよ」
「『ドリトル先生』と『お話』という単語がよく一緒に出てくることくらいは知ってるかもしれない」
「きっとありよ」と姉さまが突如口をはさみました。花曜はびっくりしました。姉さまに聞こえているとは思わなかったのです。
いつものとおりの、見てないような目で姉さまは言いました。「今日太陽が沈まない可能性だってあるんだから、CPUだって抱っこしてたらいつか小さい子になるかもしれない」
「もう、沈んだよ」
「なら、登った太陽が沈まない可能性よ」
「CPUもお日様も熱すぎて抱っこなんてしてられないんだから」