「おいしそうなら食べられるよ」と天色(あまいろ)はいいます。
「いいかげんな判定ね」と綿帽子は抗議しました。
「茸や虫は、おいしいかなちょっと危なそうかなって思うけど、果物ならおいしいに疑いないよ。毒見するね」
たしかにその果物は甘いわくわくするような香りで待ちかまえているのです。ライチのようなでこぼこした緑色の皮をむくと、ねっとりしたオレンジ色の果肉がでてきました。
「ほらすごく味が濃い。レモンより酸っぱくて洋梨より甘い刺激的な味」
「そういえば、裏返したルームシューズと部屋着の水玉ワンピースで来たんだった」と綿帽子は思いました。「木星の人に会ってしまったら、地球の人はこんな格好でお出かけすると思うに違いない、でも、どれだけ歩いても誰にも会いそうにないけど」
と足元を見ると、先が細くなって少し反り返り、踵の履き込みは浅い、インド風のヌメ皮サンダルを履いていました。とても細かなビーズが散りばめてあります。服も、ウエストを光る青い絹のサシェで結んだ、ふわふわの白いドレスでした。袖のレースはとても薄くて腕が透けています。みぞおちのところには紋章型の重いブローチが留まっていました。盾を4つに分割した中に蛇と熊と狼と剣が描いてあります。
「うっそうとした森ね。木しか見えないわ」
木星だけに。
「水の流れる音がする。どこかに小川があるんだわ。どっちから聞こえてくるのかがわからないわね。地球にだって森はあるんだから、そうよ、ここにだって森じゃないところもあるのかもしれない。樹海は木ばっかりじゃなくて、髑髏が落ちてたりするけど、そんな飾りはここにはないわ」
綿帽子は自分に向かって喋ってるみたいでした。虫の声にかき消されるし、ヘブンリーブルーはうっとりとそこらを眺めていて全然返事をしないのです。
「全く誰にも会わなかったらそれを幸せと断定せざるをえないって人なら、きっとここが気に入るでしょうね」
「靴を裏返しに履けばすぐさ」と水色はいいます。
「靴を裏返すなんてできっこないわ」と綿帽子は当然思いました。
「柔らかそうな靴じゃないか」
綿帽子が履いていたのはベージュのサッカー生地に赤い小花柄のルームシューズでした。「これって靴?」
「部屋靴? まあ、何でも」
ちょっとぐらりとしたかと思うと、二歩地面にめり込むような感じがして、もう着いていました。
「惑星でなくなったこととそのホテルは関係あるの」と手袋屋が聞きます。
「お客が押しかけててんてこ舞いで、惑っていられないんです。男性客がポケットのボタンに差す花は、萎れたら他の種類の花に換える伝統なので、花売り娘もいっぱいです。ですから」とスカイブルーが返事をしました。
「なら銀河鉄道のプラットフォームもできてるかしら」と姉さま。姉さまのどこも見ていないような焦点のずれた目は、あのロシア帽をかぶってマフをした女の人にそっくりでした。あんなに切れ長では、ありませんが。
「機械の体が欲しい人には用のないところだろうしなぁ」と手袋屋がいいます。
「カムパネルラは違いますよ」
「スリーナインのはなくてしるしのない方のはあるのね」
「お茶の時間だよ。いつだってお茶の時間になるんだ。お茶が出れば」といいながら手袋屋がティーポットとカップをトレーに乗せて持って来ました。大きなティーポットです。最後濃くなった時用にポットも。
サンドウィッチ、金色の蜂蜜、赤紫のラズベリーのジャム、クロテッドクリームとスコーン、マカロンも並べています。
「どうしてラプサンスーチョンなの」と綿帽子はいいました。「これは好みがわかれるでしょ」
「大丈夫、ぼくは好きだから」と手袋屋が答えましたが、答えになっているとは綿帽子はさっぱり思いませんでした。
「行くなら博物館の狩人に気をつけてね」と姉さまが言います。
「博物館?」綿帽子は聞きました。
「30000年で廃止されたんだったかしら。ミュージアムホテルで恒星外生物を展示するのよ。アンティークの調度の絵の中に閉じ込めて。花さえ毎日換えるの」
「それ今、移転したはずです。冥王星に」